自分のために自分で努力する気がないのは致命的な欠点

私が自分の長所で好きなところの一つに、「努力できる才能」があります。私は、自分のために努力することを惜しみません。


以前私が興味を持っていた「〇〇」というものがあって、もっと深く理解したかったために、時間・労力・お金をかけて、自分なりの資料を作成しました。


膨大な情報をワードファイルにまとめ、読みやすいように編集し、最後にはプリントアウトしてファイルに綴じて教科書を作り上げました。


このテキストを常に手元において読み込み、「〇〇」に関する理解を深めていきました。そのお陰で、かなりのレベルまで「〇〇」を極めることができました。

何年か前に、私と同じように「〇〇」に興味を持った方が私のところへいらっしゃいました。その方は、「「〇〇」について、どうしても、もっとわかるようになりたいんです」と仰いました。


私は自分の経験から、どこへ行けば情報を入手できるのか、参考になるリンクを彼女に教えてあげました。


ところが彼女はこう返して来たのです。


「う~ん・・・・、何かこう、もっと・・・今すぐ参照できるような、まとまった資料はないのかしら??」


正直な話をすれば、そういう資料はあったのです。私が自分で作成した素晴らしいテキスト・ファイルが。


でも、私は彼女にその資料を差し上げる気はありませんでした。自分のために自分で努力するつもりが最初からない人に、差し伸べる手などはもともとないからです。


私は彼女の厚かましさに辟易しました。


自分のためにできる限りの努力をして手を尽くした人に、宇宙はバックアップを送るのです。自分のために何の努力もせず、他者に抱っこにおんぶで面倒を見てもらおうという人に、宇宙はバックアップを送りません。


こういう人は、たとえどれほどセッションを受けても、大した成果を出すことはできません。


カウンセリングやメンターシップがうまくいくかどうかの分かれ目は沢山ありますが、まず自分のために自分で努力する気がないというのは致命的です。


こういう人は、「誰かが何とかしてくれる」「誰かが助けてくれる」「求めれば与えてもらえる」という、無責任で投げやりな姿勢で生きているのです。


自分の人生の責任は自分にしか負えません。


私たちはサポートを提供することを仕事としていますが、相手を助けなくてはならない義務などは誰も負っていないのです。


努力できる人のことを、「偉い」とか「立派」とか仰る方もいるけれど、そういう問題ではないのです。


幸せに生きたいと思うのであれば、自分のために努力することは当たり前のことです。他者のためではなくて、他ならぬ自分の為なのだから。


他の誰かが努力して創り上げたものを「下さい」と平気で言える人は、アセンションのプロセスを歩む歩まない以前の問題なのです。もう少し生きる姿勢について考えてみた方がいい。


耳に痛いことに聞こえるかもしれませんが、アセンションのプロセスとは、自分で努力できない人が歩めるほど生易しいものではないからです。


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