自己探求の鍵は等身大の自分に対して正直であること

心理カウンセリングやメンターシップのセッションを受けるときに、何よりも重要なことは「等身大の自分を曝け出す」ことです。


多くの方、特に日本人は、初めてセッションを受ける際に「自分のことがよくわからないまま」「世間で正解だと思われていること」を話そうとなさいます。


ですが、それは承認欲求に根差したパフォーマンスに過ぎず、「自己探求」の場では障害にしかなりません。


例えば:


  1. 好きな人がいて、その人とのことで色々あるんですが、まぁそのことはいいんです。それよりも、自分の問題に取り組むことが必要だと思って、セッションをお願いしに来ました。

  2. 好きな人がいて、執着だとわかっていても、その人のことを意識することが止められないんです。頭では自分の問題に取り組まなくてはと理解していても、気づけば相手の事ばかりに意識が向かってるんです。その状態が苦しいんです。


この二つの供述なら、私は 1. よりも 2. の方に真実味(オーセンティシティ)を感じるのです。


1. は所詮頭で考えた「模範解答」に過ぎません。それに比べて 2. は、ありのままの自分の状態を言語化した正直な供述です。


自己探求は「模範解答」を集める場ではなくて、「本当の自分を深く探求していく場」なので、「頭で考えた正解」をいくら語っていても意味はないのです。模範解答をなさる方に、「それは立派ですね」などと私は言いません。


今は相手に執着していまって手放せないのであれば、それが「今この瞬間」の真実に違いないのです。それを真正面から認めようとせず、頭の中の「べきべき優等生」に従っていても、スタート地点がズレている問題は、解決には向かいません。


ある数式を解きたかったら、まず初めにその数式を「間違いなく正確に」ノートに書き写してある必要があるのです。書き写した数式に間違いがあれば、どれほど時間と労力を費やそうとも、数式が解けることは永遠にないのです。


自己探求もそれと同じです。


「好きな人に執着してしまって手放せない」という問題を真正面から認識できていれば、それにまっすぐに取り組むことができます。


でも、それをなかったことにして蓋をしてしまえば、取り組むべき問題を間違えます。それでは何も解消できないのです。


とにかくただひたすら等身大の自分に対して正直であること、そしてそれを曝け出すことを恐れないこと。それが鍵です。


© 当サイトおよびブログ記事・画像・ロゴ・商標の無断転載・記載を禁じます。著作権は百瀬章子が所有しています。