後藤久美子さんに見る成熟した女性の親子間の境界線の引き方

一つの社会における意識改革とは、ある日突然起こるものではありません。むしろ、長い時間をかけてじわじわと進んでいくものです。


今では「当たり前」のこととして認識されている「人種差別禁止」も、数百年前までは歴然と行われていた歴史があります。当時は黒人を奴隷として使役することは「普通」だと考えられていました。


戦争やいくつかの争いを経て、長い長い時間をかけて今の意識レベルまで社会が発展してきたのです。今の世界で「人種差別」は撲滅されるべきものとして認識されていますが、それはごくごく最近根付いてきた意識なのです。


世界中すべての社会が同じ発達段階にあるわけではありません。


北欧諸国に比べればアジアは20年以上は発達が遅れていると感じますし、いわゆる第三世界と呼ばれる地域はまだまだ発展途上です。


境界線(バウンダリー)という概念にみる発達段階の違い


境界線(バウンダリー)という概念は、北欧諸国や北米ではほぼ常識として定着していますが、日本においてはまだまだ認知度が低い概念だと思います。


イギリスなどでは、親は自分と子供をまったく別の存在と認識して子供を尊重するのは当たり前です。それが境界線を認識するということ。ですが、日本ではまだまだ親が子供を自分の所有物のように扱うことが普通に行われています。


子供の人格や人生を個別のものとして尊重することが当たり前の北欧と、子供の人生に親が口出しするのは当たり前と考える日本とでは、まだまだ意識レベルや発達段階に開きがあるのです。


去年(2019年)の後藤久美子さんの徹子の部屋の映像は、欧州に暮している後藤さんの成熟した人柄がよく分かる内容となっていました。



「F1レーサーの息子のレースは怖くて観に行けない」と語る後藤さんですが、「息子さんがレーサーになるのを反対はなさらなかったの?」という質問には、「それはしません」とキッパリと答えています。


「私の子供かもしれないけれど、別の人生ですからね」。これが子供を自分とは別の人格として100%尊重する親の姿勢なのです。境界線をしっかりと引くとはこういうことを指します。


「F1レーサーなんて怖い仕事、お願いだから止めて頂戴」と息子に懇願してしまうだろう母親が多いのではないかと想像される日本とでは、成熟度が違うと感じるのです。


ご自身の不安や恐れは自分のものとして向き合い、息子の人生には口出ししないという大人の姿勢を貫かれている姿は、「さすがだ」と感服しました。魂年齢の高いオールドソウルでいらっしゃる。


日本では、息子や娘の人生や生き方や嗜好に口出しする親があまりにも多すぎると感じます。そしてそのことを「悪いこと」と認識していない辺りが、境界線の概念の無さを感じる部分なのです。


今後日本人の意識の中で、発展させて定着して欲しいと願う概念と認識の一つです。


後藤さんと私は同じ年(同学年)で、私は小学生の頃から彼女が好きでした。子供の頃からしっかりした性格で、大人顔負けの物言いで有名だった後藤さん、とても素敵な女性に成長されたなと思います。今でも憧れの女性です。


境界線(バウンダリー)について詳細を解説した E-Book はこちらから。後藤さんのように大人の女性を目指す方は、是非チェックなさってみてください。


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