【加筆】内面が未熟な親は子供の自己実現をサポートできない

精神的に大人になり切れず中身が子供のまま人の親になってしまった人は、子供の自己実現をサポートすることができません。彼らは自分と子供を「別の存在」であると認識することができていないからです。


もちろん頭の中では「子供は自分とは違う」と理解した「つもり」ですが、いざ日常生活となると、境界線が引けずに完全に癒着しきっていて、そのことに自覚が持てないのです。


こういう親は無意識のまま(自分で自覚がないまま)に、子供の人生を邪魔してしまうのです。


成熟した大人とは


それとは反対に、この前の記事でご紹介した後藤久美子さんの息子さんに対する姿勢は、成熟した大人の女性そのものでした。


関連記事:後藤久美子さんに見る成熟した女性の親子間の境界線の引き方


F1レーサーになった息子さんのレースは「怖くて観に行けない」という後藤さん。でも息子さんの人生に反対はしない。


「私の子供かもしれないけれど、各自、別の人生ですからね」。


親であれば、自分の子供が危険なことをすることに対して、ハラハラして居たたまれなくなるのは当たり前のことでしょう。特に死の危険を伴うような仕事はさせたくないに違いありません。


ですが、それは「自分の怖れ」であることをしっかりと認識して自分で引き受け、息子さんにそれをぶつけて彼の人生を邪魔したりはしないのです。


「そりゃ私は心配だし怖いけれども、あなたの人生には変えられない。あなたは真っすぐに自分の人生を生きなさい」と言って見守る母の姿をみて、子供は「自分は愛されている」と実感するのです。


後藤さんは健全な女性性と男性性を見事に統合されている方とお見受けします。


内面が未熟な親


内面に癒されていない愛情飢餓や幼児性を残した未熟な母親は、自分が感じている不安や怖れに耐えきれず、「お願いだからそんな危険な仕事はやめて頂戴」と息子に懇願(哀願)してしまいます。


息子に「親の愛」を求めてしまうのです。自分が心配したくない、怖い思いをしたくないので、息子の行動を変えさせることで自分が安心したいと考えるのです。


母親からそう泣きつかれた息子はどう感じるでしょうか?


自分の人生を生きることに不要な罪悪感を覚えて自己否定する(自分はわがままな人間だと思う)か、あるいは、母親のために「本当にやりたいこと」を諦めるかするでしょう。


心が優しい子であればあるほど母親のことが気になってしまい、自分丸ごとで人生へ向かって行くことができなくなってしまいます。


  • 「F1レーサーになりたい」という自分の希望

  • 母が反対していることに対する後ろめたさ


内面がこの二つに引き裂かれ、分裂したままモヤモヤと生きていかざるを得ないのです。これでは子供は安心して心置きなく「自分らしく」生きることなどできるはずがありません。親から全面的なサポートが得られていないからです。


結果として、


  • 罪悪感

  • 自己否定感

  • 理解してもらえない悲しみ

  • 怒り

  • 恨み

など


マイナス感情が無意識のうちに発生し、そうした感情をありのままに表現できずに抑え込み続けると、人生に様々な問題が生じてくるのです。恋愛や人間関係がうまく行かなくなったり、仕事がうまく行かなくなったり、命に関わるような大きな病気に罹ったり、事故に遭ったりするのです。


本来であれば子供の自己実現の後押しをして応援するべき立場にある母親が、自分が自立できていないために、子供の内面を引き裂いてしまうことが要因です。


世の中には、このように愛情飢餓を抱えた未熟な親と、未熟な親に傷つけられながら育っている多くの子供たちがいます。


共依存的文化が当たり前の日本


日本の多くの親は、自分の姿がまるで見えていません。


日本社会全体が極度な共依存体質であるために、「それが普通」と思われている部分が大きいのです。


「親が子供の心配をして何が悪いの。当たり前でしょ」と思われるかもしれませんが、本当に「子供の幸せを願う」ことと、「子供に自分の感情の処理をしてもらう」ことはまったくの別の話なのです。


娘や息子の将来を心配するのはなぜでしょう?それは親自身の中にある癒されていない劣等感や不安や怖れがあるからなのです。自分の恐れや不安や心配は、本来自分自身が引き受けるべきものであって、子供に出すべきものではありません。


このことに気づいた人から、自分の痛みは自分で負うと肚を括り、心理セラピーを受けて内面の整理にとりかかりましょう。自分を癒した分だけ、成長できます。


成長したときに、初めて子供を自分と個別の存在として尊重することができるのです。


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