セッションにまつわるアレコレ

クライアントがセッションを受けに来る時に、常にご自分の中にあるニーズや要望を自覚しきれているとは限りません。


「〇〇という問題があって、それについて相談したい」

と言う風に、明確なものを持っていないケースがある。あるいは、表層意識ではそういう「名目」を作っていたとしても、内心ではそれとは違うものを求めているケースもある。そのことについて、書いてみたいと思います。

隠された意図

「〇〇という問題についてワークしたい」と仰ってはいるものの、その実、根底にある要望は「私は十分であると認めて(言って)欲しい」というケースがあります。

承認欲求が満たされておらず、私から「あぁ、あなたはよくやっていますね、すごいですよ」と言ってもらえれば、安心できると感じている。「自分は十分だ」と感じられると思っている。私に対して自分を証明したくてセッションを申し込んだ。けれども、ご本人に自覚はありません。


こうしたケースでは、「自覚できていない劣等感と承認欲求」があるという部分に意識の光が当たるようにクライアントを導きます。そういう部分があると意識出来るようになることが、このケースでは一歩前進なのです。


愛憎パターンのため

アダルト・チルドレンに多いケースですが、「反発・反抗するため」に私のサービスを受けに来ることがあります。


「えっ本当に?」と思われるかもしれませんが、割とよくあることなのです。

アダルト・チルドレンの特徴は、


  1. 嫌いな相手に自分から絡みつき、愛情を得ようとする

  2. 好きな相手にわざわざ反発・反抗する


というものです。


通常(健全)であれば、

  1. 好きな相手と仲良くする

  2. 嫌いな相手には近づかない、付き合わない


と、スッキリしているのですが、アダルト・チルドレンはエネルギーが捻じれてしまっているので、「嫌いな相手」に自ら近づいていって絡むか、あるいは、好きな相手に反抗・反発を示して嫌われるという、「愛憎関係」を演じてしまうのです。相手と屈折した関係しか築けない。


インナーチャイルドを癒してこのエネルギーの捻じれを解き、素直さが出てくることがアダルト・チルドレンにとっては一つのゴールですが、私はアダルト・チルドレンのサポートを行っていないため、心理カウンセラーなどのところへ行ってもらうようにお願いしています。


受容と供給の見極め


セッションである程度有意義で実りある時間を持てるためには、需要と供給がある程度一致している必要があります。

私自身は、自分のメンターたちと、常に需要と供給が一致するわけではありません。私が望むものを相手が供給できないことはしょっちゅうあるし、そういう場合には、合致出来る部分だけをお願いして、後は他を探すのです。

一人の人間からすべてを与えてもらおうとは、私は思いません。それは不可能であると、知っているからです。


透明性

それから、私がメンターのセッションを受ける際に、相手に対して何かしら引っ掛かりがあったり、ネガティブなものが自分の中にあるときには、自分の中でそれをすべて明らかにしてからセッションに臨みます。無意識のうちにあるものは必ずセッションの中で具現化すると、知っているからです。つまり、セッションを受ける前に、ある程度のワークを自分でこなしてから受ける。しかし、これはかなり上級の技と言えるでしょう。

私のメンターたちは直感的な人たちばかりですから、隠し事や「フリ」(二面性)は一切通用しないことを、私自身が知っています。私の中に怒りがあれば、相手には筒抜けにわかってしまう。


3D意識の人は、たとえ相手に対して不満や悪感情を持っていたとしても、言葉に出して言いさえしなければ相手にはわかるまい、と思っています。ですが、エネルギーに敏感な人たちに、そういう心得は通用しないのです。


私はクライアントのためにいるわけじゃない

これは、ライトワーカーたちが肝に銘じる必要がある重要なことです。

私たちは、皆さんのお役に立つような情報をシェアしたり、啓蒙を促したりすることが仕事であるに違いありません。どのようにサポート出来るのか、いつも考えています。

ですがそれと同時に、私たちは私たち自身のために生きている・存在していることを忘れてはなりません。

こちらのセッションの時間帯がクライアントの希望に合わないのであれば、ご縁がないということ。こちらのセッションのスタイルがクライアントの希望に合わないのなら、ご縁がないということ。もしも本当のご縁がある方なら、都合をつけていらしてくださる

3D意識の人たちは、まるで私たちがクライアントの都合に合わせるのが当たり前、くらいの意識でいらっしゃいますが、決してそうではありません。

こちらにはこちらの都合があり、出来ることと出来ない事、やってもいいと思う事と思わない事があるのです。それが健全な境界線というもの。それを弁えて、適度な距離感を保てる相手とだけ関係をもつようにするのです。


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