言葉の定義

なぜイエス・キリストは「福音」(喩え)で語ったのか


According to Matthew, Jesus speaks in parables because the people do not see, hear, and understand. The reason for their inability to comprehend is their rejection of Jesus.

マシュー(マタイ(マタン))によれば、人々は「(真実を)見ない」「(真実を)聞かない」「(真実を)理解しない」ために、イエス・キリストは(直接語るのではなく)福音として語った。人々が「理解出来ない」理由は、「彼らがイエスを拒絶しているから」。

イエス・キリストという人に宿っていた存在は、いわゆるキリスト意識(Christ Consciousness)と呼ばれる9次元の意識体です。

ネパール出身のゴータマ・シッダールタ(仏陀)という人に宿っていた存在は、それと近いところにいる存在、エネルギー的には少し違ったニュアンスを持っています。

ゴータマに「愛」のエネルギーを足すと、イエス・キリストになるイメージだと、レナード・ジェイコブソン氏が仰っていました。

高次元存在が語る言葉は、いつの時代にも誤解され、曲解されます。彼らの言葉の真意が、そのまま民衆に伝わることはない

孔子の言葉を集めた「論語」もそうです。孔子(高次元存在)の言葉を3D意識の人間が3Dレベルまで引きずり降ろして解釈したのだから、曲解に曲解を重ねて、本来の孔子の意図とは似ても似つかないことが伝わってしまった。

参考記事:足るを知るとは


意識レベルにギャップがあるとき、どうしてもそこには「意識の壁」が存在します。これは、打破できない。

  1. 足るを知る → 今ある現状で満足できることを覚えなさい

  2. 足るを知る → 不満になっている箇所を精査して、どうしたらちゃんと満たせるのかを知りなさい


まるで正反対の意味ですよね。この二つの意識世界は「住んでいる次元が違う」としか形容しようがないのです。つまりはこれが「意識レベルの差」であり、3Dの意識世界に生きているか、5Dの意識世界に生きているかの違いなのです。

私は、「言葉の定義」というカテゴリーをわざわざ作って記事を書いていますが、その理由は、言葉をしっかり定義できていないことが、多くの苦しみを生み出す原因になっていると思っているからです。

上の例のように「足るを知る」の真意を、ちゃんと理解出来ているか、それとも曲解しているかで、苦しむかそうでないかが変わるのです。


迎合的で自分がない人は、「今仕事があるだけでも有難い、上を見たらきりがないし、下を見てもキリがない、今の現状に満足しています」と思い込んで、自分の本当の気持ちに蓋をしてやり過ごせるので、あまり何も感じないかもしれません。

でも、自分にしっかりと繋がっていて正直な人は、「好きでもない仕事を生活のために我慢してやって、わずかっぽちの給料で満足しろと言われ、他人の顔色を伺いながら休暇を取る。それで感謝しろって言われても・・・」と思っている。


満足することも、感謝することも出来ない自分は、おかしいのではないか、人間失格なのではないかと感じ、自分を否定したり責めたりする。


自分に正直でオーセンティックな人ほど、「言葉の定義」がしっかりと出来ていないと不必要に苦しんでしまう


私自身、この手の苦しみを沢山経験し、「言葉」を正しく理解し始めてから、解放されて楽になったという経緯があります。だからこそ、「言葉の定義」がものすごく重要であると分かるんです。


皆さんは、普段ご自身が使っている「言葉」の意味を、どれくらい正確にご存知ですか?

いずれ近いうちに、「言葉の定義」(再定義)をまとめた E-Book を創ろうと思います。「言葉の定義」(再定義)をしっかりやるだけで、相当解放される人がいると思う。

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