上手い文章を書けるかどうかよりも「何を」書くかが大事

「文章を書くことを仕事にしたい」という人は割と多いと思います。

世間には「文章講座」というものも沢山ありますし、私自身そういう講座を受けたことがあります。

私の経験から言うと、「どれくらい上手な文章を書けるか」ということは、さほど問題ではない。それよりも、「何を書いているか」「何を伝えようとしているか」の部分が大事ですよね。

何を書いているか


他の人が旅行へ行った後に話を聞いて、すごく面白いと思う人と、つまらないと思う人がいます。話が面白い人は書く文章も面白いし、話がつまらない人は書く文章もつまらない。

知人Aさんの話

「新婚旅行でギリシャへ行ったんですけど、海外旅行ってのも大変ですよね。やっぱり自分の家が一番です。食べ物ですか?地中海地方の?う~~ん・・・僕はあんまり・・・口に合わないって言うか・・・」

友人Bの話

「台湾の故宮博物院へ行ったら、ある時期だけ宇宙人の作品が展示されてた。その時代だけ、あきらかに作品の質がちゃうねん、他と。他の時代は「人間」が創ったものやけど、ある時代だけ、作品が宇宙人やった。あれは見ておいた方がいい博物館やで」

こういうのが、私が普段から言っている魂年齢とか魂の発達段階の違いなのです。人間に「深味」があるかないか、「奥行き」があるかないかの違い。

人間に深味や奥行きがある人が書く文章は、必然的に面白いし読み応えがあります。でも、表面的なことしか捉えられない、見ることが出来ない人の文章は、やはり底が浅いのです。ありきたりなことしか書けないので、読み応えがない。 これは致し方がないところです。

魂年齢とは、文字通り、魂の年齢のことを指しますから、もともと若い魂年齢の方が、今回の人生で数年間何かに取り組んだくらいで急激に上がるものではありません。魂が何千年も転生を重ねて積み上げる叡智や深味は、数年程度で醸し出せるものではないからです。


「読み物」としての文章を書くことを目指す場合は、やはり人生経験を沢山積んで、自分なりの切り口を持つことが必要だと思います。

何を伝えようとしているか

当たり前のことですが、どれほど「読ませる」文章であったとしても、中身がスカスカなら、読み応えはないです。少なくとも、リピーターを増やすことは難しいと思う。

私たちライトワーカーの仕事は、文章を書いたり話したりすることではなく、「人々の意識の変容を促す」ことです。

つまり、今までの価値感や常識の殻を破って、意識の拡大やパラダイムシフトを促すこと。だから、自分だけのメッセージを持つことが必要だし、それをまっすぐに表現できるだけの強さをも必要とします。


自分が社会に伝えたいことは何か?自分が発信することで、どんな変化を社会にもたらしたいと考えているのか?

ライトワーカーとして文章を書くことを仕事にしたいという方は、ここをよく考えてみたら良いと思う。

ここに答えがあるから。


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