感性・感度の違いが大きいと人間関係はシンドイ

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関連記事でも書いたように、微妙なエネルギーのニュアンスを感じとりながら生きている人って、実はすごく少ないということが、最近わかりました。


例えば・・・


震災で津波被害に遭い、建てた家やもろもろをもって行かれ、つまりは人生そのものを失ってしまったというケースがあると思います。


そうしたときに、自分が感じている絶望を直視してしまったらもう立っていられないから、何とか「この瞬間だけ」でも、自分を保つために「大丈夫、大丈夫、きっと、何とかなる」って言葉に出して言う事が、あると思う。


少なくとも私は、そこまで極端な状況ではなかったとしても、そういうことがあるんです。


そんな時に、その言葉を聞いた人から、「頼もしいですね」なんて言われたら。


私はめちゃくちゃ嫌なんです。どうしようもなく嫌なんです。


「そうじゃないんだけど・・・」と思うのですよ。


そんなときに、言葉面の意味しか汲み取れなくて、「え、大丈夫って言ってるから・・・だったらどうして「大丈夫じゃない、絶望的だ」って言わないの?」と言われれば、その時点で崩れ落ちて立ち上がれなくなるかもしれない。


それは、「言わないけれど気持ちを察してくれ」とか、そういうことじゃないんです。


そういうことではない。


そうではなくて、「ある言葉」を発している背景には、もっとすごい気持ちや思いや感情が含まれていることがあって、自分で自分の心細さを支えるために「つぶやく言葉」があって、それは、額面通りに受け取れるものでは決してない、ということ。


この話をしたときに、私の母はすごくよくわかるんです、この気持ちが。母と私は、こういう微妙な心の機微に関して全く同じ感性を持っているんです。


「そうだよねぇ、もしもそういう状況で、自分を保つために必死でつぶやいた言葉に対して、「頼もしいですね」なんて言われたら、それは嫌だよね、ツラいよね、私も同じ感じ方だよ」と言います。


こういう細やかな機微を分かる人は、やっぱり女性の方が多いんだろうと思います。男性はやっぱり、ちょっと無理。


こういう部分の感性や感度が食い違っていると、人間関係はかなり難しいだろうと思います。心理的距離を保った「知人」くらいならよかったとしても、もう少し距離が近い友人とか恋人とか夫婦とかに感性の違う人を選んでしまうと、キツイ。


私としては、上に書いたような微妙な心の動きって、当たり前のことなんです。でも、多くの方はそこまでは感じていない、感じ取れないってことなんだろうと思います。


どれくらいいらっしゃるかはわかりませんが、私たちのように、細やかな気持ちや感情の機微を持つ人は、付き合う人や付き合い方をすごく選んだ方がいい。特に、パートナーや夫婦など親密な関係になる人に、感性が違いが大きすぎる人を選んでしまうとすごくツライと思う。


多くの人間関係のケースで私たちのように繊細な人達は、人との心理的を距離をかなり開けて、自分の心の襞や機微をあまり多くの人には晒さないようにして生きる必要があると思う。


それは、人間に対して後ろ向きになるとか消極的になるとかいうことではなくて、「自分というこの繊細な人」を守るために必要な措置であるということです。


こうしたことを言語化した記事を発信することで、少しでも人々の意識の拡大に役立てばいいと思っています。


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