「癒しの旅路」5つのステージ

今までもずっと一貫して書いてきたことですが、人生とは一つの壮大な「癒しの旅路」です。


私たち人間は無垢な魂の状態で地上で降りることを決め、自分で肉体を選んで生まれてきます。当然どの国に生まれるか、どの両親の元へ生まれるか、兄弟姉妹の有無まで自分たちで選んで来ています。


誤解がないよう記しておきますが、だからと言って「与えられているものに感謝しなさい」とか、「与えられた環境を文句言わずに受け入れなさい」ということではありません。


日本人はとかくそうした考え方に飛びつきがちですが、そういうことが言いたいわけではないのです。


「癒しの旅路」としての人生の本質を理解するためには、もっと深いレベルでの理解と視点を転換を行う必要があるということなのです。


癒しの各テーマやトピックについては今まで書き続けてきているので、今回は「癒しの旅路」としての人生を大まかに5つのステージに分けて解説していきます。


  1. 認知のステージ

  2. 怒り(感情)を解放するステージ

  3. 癒しのステージ

  4. 理解を深めるステージ

  5. 赦しのステージ


認知のステージ


認知のステージとは、簡単に言ってしまえば「事実をありのままに認める」ステージです。


私たち人間は、幼少期より様々な条件付けや刷り込みをされてきているため、事実を事実であると認めることができません。


例えば幼少期より親から虐待を受けてきた人でも、「私が反抗的だったから両親から少しきつく躾けられた」等、事実をゆがめて認知・認識していたりします。ですが、それは事実ではありません。単なる操作と刷り込みです。


事実は何かと言えば「両親が未熟だったために子供の自分が言われのない暴力とニグレクトの被害にあった」ということですが、「この事実を認めることができなかった当時の大人たち」にとって都合の良い解釈に歪められて認識されています。「本当は何があったのか」ということをまっすぐに認めて言葉で表現できる人はそれほど多くはないのです。


私の例を出せば、自分が大学へ行かせてもらったり留学させてもらったことに対して、私は長らく「うしろめたさ」や「罪悪感」を持ち続けていました。普段から意識していたわけではありませんが、私の深層心理や潜在意識には常に「親に迷惑をかけた」「わがままだった」「申し訳なかった」という「罪」の意識があったのです。


ですが、この「罪」の意識はもともと私のものではなく、親から植え付けられたものでした。「わがままな子」とは、「親の思い通りにならない子供」という「親目線」の解釈でしかなかったのです。本当の私は「わがまま」ではない、ただ素直に正直に自分のやりたいことをやりたいと言い、進みたい道に進みたいと言っただけ。それ自体、何も悪いことはない、普通のことなのです。


問題は、そのときに両親が自分たちの本当の気持ち(経済的に圧迫されるのがツライ)を正直に認めようとせず、子供である私とちゃんと話し合いすることなく、嫌味や当てつけ、嫌がらせやマニピュレーション(心理操作)を使って、私に「罪悪感」を植え付けたことなのです。


「子供にやりたいことをさせてやるだけの財力がない」ことに関して「罪悪感」や「いたたまれなさ」を感じていたのは親の方なのですが、彼らがその感情や気持ちを認めて受け止めるだけの力がなかったために、その感情を私に背負わせることで逃げたのです。


「お前のせいで俺たちはこんなに苦しんでいる」「お前はやりたいことをやって親を苦しめるわがままな娘」、これが私が受け取っていた暗黙のメッセージです。


「残念だが、俺たちの経済力ではあなたの希望を叶えてやることが難しい。力が足りずに申し訳ない。俺たちもツライ。けれどもできる限りのことはしたいから、どうすればあなたの力になれるのか、一緒に考えていきたい」


自分たちの弱さを認め、さらけ出し、子供である私と「素のままの自分」でコミュニケーションを取るだけの器がある親であれば、おそらくこんな感じになるでしょう。


認知のステージでは、今までの認知のすべてを検証しなおし、一体何が「事実」で何がそうでないのかを、きちっと精査し直していきます。


これは生半可な作業ではありません。何しろ、今まで「事実である」と信じてきたものが実は単なる「刷り込み」に過ぎず、事実はその正反対だったということのオンパレードなのですから。天動説から地動説へのパラダイムシフトくらいの衝撃を伴うステージとなります。


通常はこのステージを「目覚め」とか「アウェイクニング」と呼びます。真実・事実に対して意識を覚醒させていくステージだからです。


つづく


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