• Akiko Momose

一人ひとりまったく違う現実を生きている

「目の前にいる相手は、自分とはまったく異なる存在なのだ」


この認識がしっかりあるかないかですべてが変わると、私は思っています。


今更言うまでもないことですが、私たち人間はすべて違います。誰一人として、同じ人間は存在していない。


これは当たり前のことですが、頭では分かったつもりでいても、実際には「相手は自分と同じに違いない」という前提で言動していることがほとんどだと、私は感じるのです。

「フライパンでご飯を炊くと、炊飯器で炊くよりもおいしいですよ。是非試してみてください」


と言われたことがあります。


この方は、「日本人なら誰でも炊飯器でご飯を炊くに違いない」という前提で話をされているのだと思いますが、私はもともと炊飯器を使わない人です。ある頃からごはんは土鍋を使って直火で炊くようになったので、もう10年くらは炊飯器を使わない生活です。


お米の食べるのは、日本だけではありません。インドやタイを始めとするアジア諸国、南ヨーロッパでも米食文化はあります。そうした国々では炊飯器がないことがほとんどです。


この方からは同様に、「連休、終わっちゃったね」と言われたことがあります。おそらく彼は私が当時専業主婦だったことをご存じないのです。すべての人が「連休」を持っているわけではない。「勤め」を持たない人にとって、曜日や祝日はほとんど意味をなさないという感覚が、わからないのだと思います。


「ミーシャの音楽って、癒しそのものですよね」


以前、20代のクライアントの方から言われたことです。


「あ、そうなんですか」と答えると、彼女は「え?そうじゃないですか?」と聞いてきました。そう聞かれても、私には答えようがないのです、そもそもミーシャという人を知らないのだから。


同じ日本人でも全員がミーシャを知っているわけではない。私は興味がないので、全く知らないのです。


同様に、2000年代に20代を過ごした私にとってブリトニー・スピアーズは「誰でも知っている」アーティストでした。でも、私の両親はブリトニーを知りません。


私にとっての「当たり前」は、両親にとっての「当たり前」ではない。


最近、ある人からギャグをかまされたのですが、私には何のことだかチンプンカンプンでした。「流行りの芸人のギャグなのかな」と想像することはできましたが、意味はわからなかったのです。


おそらくその人は、私もこのギャグを「知っているに違いない」という前提だったのだと思います。でも、世間とは一定の距離を保って生きている私は、そういうことはまったくフォローしていない。


自分が知っていることを、相手も知っているとはまったく限らない。


いつのことだったのか、まだ香港に住んでいた頃、日本にいる家族・友人たちが一斉に「お・も・て・な・し」というフレーズを使い始めたことがありました。一体何のことかと困惑していたら、どうやら誰かが何かで言った一言が「流行り」になったのだそうですね。


香港に「タイワイ」という場所があって、私には何かひなびた裏寂しい場所に感じられて、「そんなところには絶対に住めない」と思っていました。でも、日本人の友人は、「アタシはあのひなびた裏寂しい感じが好きで好きでたまらない。是非住んでみたい」と言って住んでいました。

私たち人間の感覚・感じ方・捉え方・知識・日常は、人によってまったく違います。自分たちが共有している知識や認識や感覚を、世界中の人が同様に共有しているわけではない。


この当たり前すぎるほど当たり前のことを、どこまで地に足をつけて腑に落とせるかで、すべてが変わります。


すべての人が今の人生で結婚したいわけじゃない、すべての人が今の人生で子供を持つわけではない、すべての人が正社員になりたいわけではない、すべての人がマイホームを持ちたいわけではない、すべての人が自分と同じように感じるわけではない。


この現実をありのままに受け入れることができれば、世界が変わります。


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