発達段階による道義レベルの違い その1

発達段階による道義レベルの違いについて、とてもわかりやすい例がありましたのでシェアしたいと思います。


マツコ・デラックス氏がカフェで注文しない客を「もう終わりだこの国」と批判したことは正しいか?

こうした議論は、(マツコ・デラックス氏が)批判したことが「正しいか間違いか」という次元の話ではないのです。カフェで客が何も注文しないことに関しても「法的には」云々出ていますが、そもそも議論する次元がズレている


つまり、ものすごく簡単に言ってしまえば、世の中には「道徳観(モラル)」が高い人と低い人がいる。さらに平たく言えば、「自分のことしか考えていない人」と、「自分と相手両方を尊重し、利害関係を調和的に調整できる人」がいるということ。それだけの話です。

高い水準の道義レベルを体現している人は、「法」とか「場所提供は価値」などと小難しい話を持ち出すまでもなく、「店側を配慮」することができます。道義レベルが低い人はそれができないないだけです。

社会とは一枚岩ではなく、様々な発達段階の人が混在して生活しています。小学1年生程度の道義レベルの人と、仙人レベルの人まで。


仙人レベルまで達観していれば、小学生レベルの人たちのことを、優しく諭したり導いたりすることも出来ますが、まだそこまで至らないうちは、発達段階が違う者同士で議論になったりするだけです。


自分の利益や権利だけを主張して、相手や他者の利益や権利を侵害することに対して何も感じないのは、未熟な人たちの特徴です。そうした場合、成熟した側が被害を被ることになるので、自己防衛して護る必要が生じます。それが様々な枠組み(ルールや規則)作りなのです(参考リンクの記事でも触れられています)。


私も当サイトの利用に関して様々な規約を設けていますが、これは、私自身が自分を護るために必要なものです。


そして、このような記事を発信していくことで、広く意識と認識を上げていく必要があると感じているのです。


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世の中すべての人が同じ発達段階にあれば、いわゆる問題というものは激減するでしょう。でも、そうでないのが現実なのです。そこを弁えて自分の振る舞いを決められる人が、成熟した人です。


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